Arai Koh's Create Life

シナリオライター・アライコウのブログ。創作、新旧のインディーゲームなどについて書きます。

『虚構英雄ジンガイア』レビューVol.2――ノベルゲームへのゲーム的アプローチ

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『虚構英雄ジンガイア』レビュー序論――ノベルゲームの父親不在

『虚構英雄ジンガイア』レビューVol.1――連作ノベルゲームの理想型

 

「やりなおし」は、常にゲームクリエイターに好まれてきた。

 これを題材にした近年の代表作は『Steins;Gate』だろう。タイムリープマシンで悲惨な結末を回避しようとすれば、別の人間たちの運命に大きな影響を及ぼす――美少女ゲームの流れを汲む複数ヒロイン制によって、主人公の苦悩は積み重なり、ドラマに深みを持たせていた。
 前回の記事で紹介した『Life is Strange』は、主人公がほんのわずか時間を巻き戻す能力を手に入れる。この能力はプレイヤーの任意のタイミングで発動できるため、主人公のトライ&エラーがプレイヤーと完全にリンクし、達成感に寄与するという秀逸なシステムとなっている。
 同人ゲームであれば、やはり『ひぐらしのなく頃に』だ。今となっては当然のようだが、リアルタイムでそんな仕掛けがあると看破できたプレイヤーはどれだけいただろうか。……正解率1%というキャッチコピーもあって、当初は純然たるミステリーだと考えていた人が大多数だったのも原因ではあるが。

 そもそもにおいて、セーブ&ロードというプレイヤーの行動自体がやりなおしなのだ。上手くいかなくても、何度でも挑戦できる……その常識はあまねくプレイヤーに刷り込まれている。だからこそこの題材はゲームとは非常な親和性があり、それをメタ的に組み込むノベルゲームも生まれてきた。
『ジンガイア』もまた、そのような作品であった。


 Vol.2で、それまでほとんどいいところを見せなかった英雄は、ついに望んでいたヒーローの力を手にする。
 そのひとつこそが「やりなおし」。この能力によって彼は多少なりとも主人公らしい活動が可能になった。
 しかし、活躍とはほど遠い。
 その手の力が、物事を容易に解決に導いた試しはない。むしろさらなる苦難の増幅装置となるのが、ループものの定番パターンである。
 同時に作品世界のベールが少しずつ取り払われ、謎はより複雑化していく。


 前回の記事では触れなかったが、プロローグで英雄の物語がスタートする前、つまり本作の一番最初で、名もなき「少年A」のモノローグが描写される。彼の視点のシナリオが本格的に始まるのだ。
 それまでとまったく違う舞台、登場人物の物語が唐突に展開するのは、あらゆる形態のフィクションでしばしばある手法のひとつ。ノベルゲームでは『AIR』の「SUMMER編」などが挙げられる。

AIR - PS Vita

AIR - PS Vita

 

 しかしこちらは過去のシーンということが容易にわかるのに対し、少年Aの物語と英雄の物語を、プレイヤーは当初まったく関連づけることができない。『ジンガイア』のシナリオの、一見無軌道な、しかしその剛腕ぶりは、ここでいよいよ顕在化される。

 同時に、ノベルゲームへのゲーム的アプローチに、この作者は非常に意識的ということがわかる。

 

 ノベルゲームはゲームではない――このジャンルの発展に伴い、そのような言説も広まってきた。
 曰く、テキストを読んでいくだけ。途中に選択肢が出てくるだけ。そのようなものをなぜゲームと呼べるのか――実際のところ、この言説に対する決定的な反論は出ていないだろう。私の経験でも、自作のノベルゲームがゲームとは見なされず、ストアにリジェクトされるということがあった(この問題は未解決である)。あのSteamも当初はそのような姿勢で、ビジュアルノベルが認められたのはユーザー投票によってリリースされるべき作品を決めるシステムSteam Greenlightが出てからの話である。

※今はSteam Directに発展解消(?)し、投票を経ず誰でもリリースできるようになった。

 だからこそ一部のノベルゲームクリエイターは、このジャンルにゲーム性を持たせようと試みてきた。それは選択肢の複雑化によるフラグ管理であったり、クイズなどミニゲームの挿入であったり、RPGのようなバトルシステムであったり。
『ジンガイア』にはそのような、いかにもゲームであるというようなシステムは盛り込まれていない。しかし、たった1枚の画像でその意識的のほどを見せてくれた。

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 突如としてRPG的なトップビューに変わるこの演出には、心底唸らされた。
 少年Aの旅立ちを描くこのシーン、それまでのオーソドックスなノベルゲームの視点のまま、ファンタジーらしい背景CGを用意するだけでも事足りただろう。しかし作者はそれをよしとしなかった。そしてこれは絶大な効果を上げている。
 ノベルゲームはゲームではないかもしれない。しかしゲーム的なものとは決して切り離すことはできないし、ゲーム性が低い(あるいは皆無な)分、かえってこうした演出が有効になることを証明してみせた。『ジンガイア』は他にも随所に、ゲームを意識させるキーワードや演出が頻出する。きわめつけはVol.3のあるシーンなのだが、それは次回に譲ろう。

 いつ終わるともわからなかった英雄の戦いは、重大な局面を迎える。
 作者のゲーム的アプローチには目を見張るものがあったが――それ以上に連作形式の効用だろう、シナリオを盛り上げる手腕にもVol.1以上に磨きがかかっていた。その圧倒的な、それまでのループすべてを覆す真実。素晴らしいの一言以外にはなかった。
 しかもこれで、物語のまだ半分にも至っていないのだ。 ⇒続く