Arai Koh's Create Life

シナリオライター・アライコウのブログ。創作、新旧のインディーゲームなどについて書きます。

『虚構英雄ジンガイア』レビューVol.1――連作ノベルゲームの理想型

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※未読の方はこちらからどうぞ。

『虚構英雄ジンガイア』レビュー序論――ノベルゲームの父親不在

 

 サークルばかすか制作のノベルゲーム『虚構英雄ジンガイア』(以下ジンガイア)は2013年の冬にプロローグ版がリリースされ、その後Vol.1、Vol.2、Vol.3とエピソードを重ね、2017年夏にFINALで完結を迎えた。インディーノベルゲームではしばしばある連作形式で、足かけ数年にわたった大作であり労作だ。

 まず、この印象的なタイトルである。『機動戦士ガンダム』に代表されるロボットアニメの黄金パターンを感じさせるが、“虚構”の字句が何より目を引く。
 英雄とは力と勇気と正義の象徴であるはず。だが“虚構英雄”とは何なのか。この四文字からは、夢も希望も未来も、何ひとつとしてプラスのイメージが湧かない。これは壮絶な辛苦の物語であると、ゲームを起動する前からプレイヤーに予感させることに成功している。
 このことはプロローグにおいて、さっそく示されることになる。


 近所の工場に勤めながら一家の大黒柱として生活する神原英雄(かんばら・ひでお)。彼には愛する妻の鳴海、幼い息子の大介、娘の真衣がいる。どこにでもいる働き盛りの、子供好きの若い父親である彼の人生は、休日に仲良く家族で出かけた――ただそれだけの日に一変した。

 誰もいない異常な世界。
 事情を知っていると思しき仮面の男。
 どこからともなく襲来する異形の敵。
 そして光とともに出現する鋼鉄の巨人。

 何ひとつできずにいた英雄は知る。ロボットを操縦していたのは妻の鳴海であり、ロボットは息子の大介だった――この衝撃的なシーンでプロローグは終わる。実際のロボットアニメの第1話としても十分に通用するであろう、驚きと謎に満ちた開幕だ。

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 ただの男がいつか父親になる物語――公式サイトの記述を借りれば、本作はそのようなコンセプトである。
 これは理想の父親に至るまでの物語、という予測がつく。家族を守る立派な父親になるまでの苦難を描いてるのだと。それは正しく、Vol.1の英雄の姿に、多くのプレイヤーはもどかしさを感じるだろう。

「なんで俺じゃ駄目なんだ」

 序論の記事でも紹介したVol.1のパッケージに、この哀れを催すテキストが書かれている。
 かつて夢見る少年だった英雄は、例外に漏れずヒーローに憧れていた。
 ヒーロー。正義の味方。『Fate/stay night』の衛宮士郎が代表だろう、実を言えば私も作ったことがあるのだが、その手の存在に憧れる主人公はノベルゲームの定番パターンのひとつである。
 だが、敵が現れるたびに変身し戦うのは、息子であり妻なのだ。無力な父親であり夫の英雄には、手助けすることなど叶わない。しかし自分にも何かできはしないかとあがく。なんでお前たちがそんな戦いをしなければならないんだと嘆く。大人ならではの機転を利かせた行動はなく、ただ右往左往するばかりの姿が描かれる。

 ノベルゲームの主人公に、いい歳をした大人が少ない理由。これもそのひとつだ。何もできない少年と何もできない大人では、プレイヤーに与えるネガティブな印象がまるで違う。だからこそクリエイターたちは、そんなリスクのある主人公を避けようとしてきた。

「なんだー! おとうさんあんしんしろってー!
―――おとうさんのことは、ぼくがまもるからなっ!」

 子供は時に残酷と言うが、これほどに無邪気で大人を傷つけるセリフもない。
 物語はより残酷な方向へと加速する。喪失、そして絶望の戦い。キャラクターこそ独特だが、Vol.1はきわめて明快な筋立てで構成されたエピソードと言えるだろう。


 ――ここでゲームと分割の在り方、について考えておきたい。
 最近では海外発の人気SFアドベンチャー『Life is Strange』が、全5エピソードを分割して順次配信するという手法を採っていた。ダウンロード販売が当たり前になった現在だからこそ、こうした売り方も効果的になったのだろう。

ライフ イズ ストレンジ - PS4

ライフ イズ ストレンジ - PS4

 

 ゲームを分割してリリースするという手法は30年前からあり、『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』『ファミコン探偵倶楽部』などの、ファミコンディスクシステムの前後編形式アドベンチャーゲームが知られる。これは安価で書き換え可能だからこそ成立したのであり、他にも上下巻でリリースされたPCゲーム『BURAI』などがあるが、とうてい主流にはなり得ない売り方だった。ビジネス上の観点からは、ゲームは1本にパッケージして売るのが、つい最近までの常識だった。

 しかしビジネスではなく、プレイヤーの目を気にする必要のないフリー・同人ゲームにおいては、開発者の負担が軽減される分割・連作形式はきわめて有効であり、ゼロ年代初期から見られた。RPGツクール製でありながらフリーアドベンチャーゲームの名作の地位を築いた『シルフェイド見聞録』は、その最良の例として挙げられる。2001年から連載開始され、2006年の更新を最後に開発は中断したのだが、仮に分割して出してはいけないという縛りがあったなら、この作品は日の目を見ることすらなかっただろう。

 そして『ひぐらしのなく頃に』(以下ひぐらし)が、この手法を昇華させた。
 出題編4話と解答編4話の全8話。答えを提示せず、エピソードを重ねる毎にプレイヤーにさらなる謎を突きつける構成は、まさにエポックメイキングだった。『ひぐらし』はさまざまなコンシューマー機に移植されたが(驚くことにもうすぐSwitchでも出る)、当然1本にパッケージされている。早く続きが読みたい、次のコミケが来てほしいと胸を高鳴らせたあの経験は、リアルタイムでプレイした者だけの宝物だ。

 分けて出してもいいのだと多くの制作者に気づかせたことも『ひぐらし』の功績に違いない。大作を志す作り手たちは、年2回のコミケやその他即売会を目標にして、エピソードひとつひとつに注力することも可能になった(それでも途中で力尽きていったサークルも、数知れないのだが)。

『ひぐらし』のようにいったんストーリーに区切りをつけるのが連作ノベルゲームのスタンダードだが、『Life is Strange』がそうだったように、いわゆるクリフハンガーも理想のひとつだ。
『ジンガイア』のVol.1もまた、理想的なクリフハンガーだった。文字通り序の口であり、さらなる苦難と壮大な謎を予感させるラストシーンは、見事と言うほかなかった。

 ここから物語はプレイヤーの期待どおりに、あるいは予測を大きく裏切りながら複雑化していく。 ⇒続く

 

(追記)ふりーむでVol.1を体験版としてダウンロードできる。現在製品版の正式な入手手段はないのだが、このレビューを見て興味が沸いた方は、こちらだけでもプレイをオススメしたい。

www.freem.ne.jp