Arai Koh's Create Life

シナリオライター・アライコウのブログ。創作、新旧のインディーゲームなどについて書きます。

『虚構英雄ジンガイア』レビュー序論――ノベルゲームの父親不在

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 ノベルゲームにおいて「父親」は、不遇の存在である。

 その理由は第一に、先日の記事【児童の権利、そしてクズの権利。この主人公だから成立したノベルゲーム『いえのかぎ』】でも書いたように、ノベルゲームの主人公はプレイヤーと同化する性質を持つことだ。
 今でこそコンピューターゲームは大人も楽しむ娯楽として市民権を得ているが、ノベルゲームが誕生した90年代初頭においては、まだまだ子供向け、若者向けのエンターテインメントと見なされていた。
 必然的にノベルゲームの主人公も若者でなければならなかった。このジャンルの草分けである『弟切草』も『かまいたちの夜』も、主人公は20代だ。30代や40代の家庭的父親だったとしても、物語としてはおそらく成立しうる。しかし間違いなくプレイヤーは感情移入できず、今日まで語り継がれるような作品にはならなかっただろう。悲劇に見舞われるのは、やはり若い男女が一番いい。

 第二の理由は、もっとクリティカルなものだ。
 ノベルゲームは物語を綴る。では若いプレイヤーはどのような物語が望むのか。
 ホラーであれば超常現象を解決し、ミステリーであれば真犯人を暴き、伝奇バトルであれば強敵を倒し、学園恋愛なら誰かと恋をし結ばれる――目の前の困難を乗り越え、幸せなエンディングに至る、それらを自主自立によって成し遂げることだ。
 驚きにあふれ胸を高鳴らせる物語に、保護者たる父親は必要不可欠ではない。

 主人公を支えるのは同年代の若者であるべきだし、導き手としての大人がストーリー上必要なら、いかにも謎に満ちたクールなキャラクターが望ましい。
 そも、日常から離れた自由な物語こそ、ノベルゲームの醍醐味である。日常の象徴的存在である父親の出る幕などない。
 ――そういう意味では『街 ~運命の交差点~』は意欲的だった。

街 運命の交差点

街 運命の交差点

 

 隠しシナリオのひとつで、主人公のひとり高峰隆士の父親視点でのストーリーが展開し、シナリオ全編にわたるひとつの謎が明かされる。この作品における屈指の名シーンに挙げる人も多いだろう。しかし現代を舞台とした群像劇、映画のようなカットを駆使できる実写サウンドノベルというジャンル自体が希少である。奇跡的に成功したレアケースと捉えたほうがよさそうだ。

 美少女ゲームでは、父親不在は特に顕著になる。
 実家を離れてのひとり暮らしは基本中の基本。父親の単身赴任に母親も付いていった、両親揃って海外出張したなどはまだ幸せなほうで、主人公に暗い過去を背負わせるために死に別れているという設定も珍しくない。
 テキストで多少描写されることはあるにせよ、CGの予算を物語に深く関わりもしないキャラクターにまで割けないという現実的な問題もある。美少女ゲームのプロットは「どんな理由をつけて親を登場させないか」から考えると言っても、あながち間違ってはいないだろう。
 ――もちろんこちらにも成功例がないわけではなく、Keyの名作『CLANNAD』が代表として挙げられる。

CLANNAD - PS4

CLANNAD - PS4

 

 主人公・岡崎朋也が父の直幸と和解するシーンには、数多のプレイヤーが涙した。しかしあれほどのシナリオとなれば他にいくつあるかというレベルで、やはり例外と見るべきだろう。

 

 ともあれ父親というものは、ノベルゲームの主人公にはなりがたく――実の娘と関係を持つ「父娘もの」のアダルトゲームは別として――サポート役としても、まして超えるべき目標としても障害としても出番は期待できない。
 商業美少女ゲームの流れを汲み発展したインディーノベルゲームも、基本的には父親不在の傾向は変わらない。
 父親が何か大切な役割を果たしていた作品があっただろうか……これまでプレイしたフリーゲーム、有料の同人ゲームをざっと振り返ってみても、ほとんど思い当たらなかった。その少ないうちのひとつは『うみねこのなく頃に』で、右代宮留弗夫(るどるふ)は名前も相まって強烈な印象を残す父親キャラクターだった。

 当ブログで取り上げたことがある中では乙女ゲーム『時函 -Time Capsule-』がある。主人公の父親は世界設定に関わる非常に重要な役割を担っているが、シナリオの完成度と合わせて考えると、これもまた稀な成功例と思える。

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 海外に目を向ければ、『Dream Daddy: A Dad Dating Simulator』という作品がある。シングルファザー同士のラブロマンスを描くという新機軸を打ち出し、高評価を博している。
 子持ちの父親が攻略対象の「オヤジゲー」は女性向けゲームでもしばしば見られたものだが、主人公自身もまたオヤジ……否、ダディというのはきわめて珍しい。なおこの作品、近日中には日本語版が実装される予定とのこと。興味のある方は楽しみにするとよいだろう(私も楽しみにしている)。

 

 ノベルゲームの作り手たちは、ほぼ意図的に、父親を登場させることを放棄してきた。
 それはあたかも、キャラクターたちの主導の結果であるようにも思える。主人公は思春期真っ盛りのように「父親などいなくていい」と文句を垂れ、他ならぬ父親も「お前がそう言うなら」と自ら身を引く。企画書の段階で発せられたそのキャラクターたちの声をクリエイターは受け取って、要請に応えてきた。

 しかしいくつかの成功例を取り上げてきたように、効果的に起用すれば(それが一番難しいのだが)、シナリオの質は格段に向上する。
 父親は決して、空気でも邪魔者でもない。そんな運命を決定づけられた存在ではないのだ。

 印象的な脇役として登場するのもいいだろう。だが年齢を重ねたプレイヤーも感情移入できるような主人公が理想的だ。
 誰にでもノベルゲームの主人公になる権利はある。何の取り柄もない、どこにでもいる家庭の父親にも。彼は新たな伴侶を見つけるような現実的なストーリーではなく、世界を相手取るような、壮大で苦難に満ちたストーリーの主人公にもなれるはずだ。
 そして2017年、これを実現したノベルゲームが誕生する。

 

『虚構英雄ジンガイア』。いつか父親になるAVGである。 ⇒続く

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