Arai Koh's Create Life

シナリオライター・アライコウのブログ。創作、新旧のインディーゲームなどについて書きます。

いじめられっ子がノベルゲームの主人公にふさわしくない理由

 今回は『REVIVAL RESET』のレビューを補足する記事となります。

araicreate.hatenablog.com

 本作はとても素晴らしい魅力を備えた作品ですが、明確な欠点もありました。主人公・瀧瀬結真のキャラクターです。
 結真は日常的にいじめに遭っており、孤独で暗い性格というのもそれに起因しています。序盤から終盤直前まで、そのいじめ描写がたびたび挟まります。そして結真は何ら対抗できる手段がなく、ウジウジグズグズしてしまう。

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 他の人の感想を見ても、この点がどうしても……という意見がかなり多いです。こんな主人公は嫌いだと(このキャラクターだからこそいいという意見も、もちろんあります)。
 いじめられっ子に対して「お前のようなヤツはダメだ」「卑屈すぎる」なんて言ったら、現実なら大炎上必至です。しかしゲームのキャラクターに対してなら、遠慮なく批判できる。
 なぜか?
 これはノベルゲームというジャンルの特性を抜きにして論じることはできません。


 ノベルゲームは主人公とプレイヤーの視点が同一です。風景、キャラクターなど、主人公が見るのとまったく同じものを、プレイヤーも見ています。同じ一人称のテキストでも、上から俯瞰するがごとき小説とは決定的に構造が異なります。
 したがって、プレイヤーは主人公と一心同体とは言わないまでも、ある程度の同調をすることは避けられません。加えてノベルゲームは主人公の心情を描写することに主眼が置かれます。作り手の技量が優れているほど、プレイヤーの心に訴えかけます。

 おわかりでしょうか。主人公がいじめられっ子だったりすると、この構造上の特性がマイナスに働いてしまうわけです。とても嫌な気分になってしまう。
 我々はいじめられっ子を可哀想に思い、助けになりたいと思いこそすれ、その人の心情をリアルに味わいたいなどとは思いません。……実を言えば私も小学校の頃にいじめられていましたからね。あの気持ちを誰かに味わってもらいたいなどとは絶対に思いません。
 だから本作の主人公への批判は正当なものなのです。主人公を快活な性格にして、いじめ描写を全カットすれば、熱く爽快感に満ちた物語として評価されたことは疑いありません。


 しかし私は、このような主人公にした作者の決断を尊重したい。
 なぜなら、いじめられている主人公というのが、彼のもっとも書きたかったことであろうからです。次作『親愛なる孤独と苦悩へ』でもいじめ描写があるのですが、むしろ本作以上に深刻に描かれ、ストーリーの形成に欠くべからざる要素となっています。
 主人公のキャラクターが欠点になりうることを、きっと彼は重々承知していたでしょう。それでも彼は、初志貫徹で書き切った。
 今となっては彼の本当の心境はわかりません。しかしどこにでもいる、孤独で暗い弱者……それが彼の生涯のテーマのひとつだったのだろうと思います。

 

 あらためて言うことでもありませんが、同人ゲームは商業ゲームと違い、作りたいように作ればいいのです。
 彼はそれを貫いていました。だから同人ゲーム作者のみなさん! 同じように、やりたいようにやってください。